『福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会』 加藤喜之 著 中公新書/太戸呂の読書記録
2026年 03月 04日

『福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会』 加藤喜之 著 中公新書/太戸呂の読書記録
『近年、巨大な影響力を誇るアメリカの福音派。独特の終末論的な世界観を持つ宗教集団・運動は、いつから勢力を拡大し、政治的・文化的闘争に関与していったのか。本書は、アメリカの人種差別や中絶・同性婚問題、イスラエルとの関係などに福音派がいかに関わったのかを描く。カーター、レーガン、クリントン、オバマら歴代大統領、そしてトランプたちとの交差も示し、超大国に深い亀裂が入った経緯と現在地を照らし出す。』
太戸呂氏の“キリスト教初体験”は小学校低学年の頃でした。今ではすっかりアニメ・コスプレの聖地と化した池袋サンシャインシティ周辺。同じ地区にひっそりと「中央福音教会 日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団」があります。ハレザ(昔の豊島区役所)の裏にある実家から歩道橋を渡れば5分もかからない距離。教会の前にある東池袋公園は太戸呂氏のご幼少のみぎり、よく遊んだ思い出の地でした。なぜ教会(日曜日の礼拝)に通ったかは記憶が定かではありませんが、ま、どうせ学校が休みの週末に狭い三間長屋の実家・氷屋にいられても邪魔なだけで、母親が押し込んだのではと思います。同時期に実践倫理宏正会(朝起き会)の子どもの部?へも行かされたこともあり、これも同じ理由で、特定の宗教や主義・団体に賛同していたわけではなかったような。
人当たりはよかった母親なのでよくいろんな人からいろいろな宗教・活動団体を勧誘されていましたが、そこはミーハー太戸呂氏の母親、集中力がないというか長続きせず、家には祭壇や仏壇のブの字もありませんでした。ただ、墓地は何度か購入していたかな(笑)。越生梅林近くに新しくできた霊園を購入して“ハイキング”に行ったことがありました。墓石がたっていない場所とはいいながら、霊園でおにぎりを食べているのは変な感じがしていましたけど。数年後、越生は遠いと思ったのか売却して、その後もどこか他を買い直していたらしい。おかげさまで太戸呂家の4人、未だにだれも墓石は使用しておらず、今年92歳になる父親はイチバン長生きするようで、みんなが鬼籍に入った後の銀行カードの引出方法を心配しております(笑)。
小学2年の夏休みには、その教会の夏合宿に、同じ人世横丁のラーメン屋“一番”さんのヒロちゃんと参加しました。これも同じ自営業者同士、配達など店の戦力にならない子どもを親同士で話し合って、臨海学校代わりに活かされたもの。その後、ヒロちゃんが教会に通ったことなど一度もありませんでした(笑)。
三浦半島のセミナー用の寄宿舎に生まれて初めて泊まり(確か一部屋4人くらいだったか)、当時の公害で汚れた三浦海岸で海水浴をした記憶があります。もちろんクーラーなどありません。暑苦しい夏の夜、眠れずに灯台の灯りを眺めていたのを記憶しています。それから昼間の子ども教室で、世界はイエス・キリストがお作りになったという牧師さんの話に、それでは世界ができる以前、キリストはどこにいたのか?という質問を太戸呂少年がし、牧師さんは(記憶は曖昧ですが)天国にいた、ひとりで待っていたとか答えたはず。
太戸呂少年は、日曜学校で配布されるカードに描かれるキリストの顔を想像し、三浦半島の灯台の灯りが定期的に部屋の窓に差し込んでくるのを眺めては、また夜空・宇宙空間にひとり居るキリストを想像しておりました。
その池袋福音教会では、子どもは大人と別のクラスで聖書にまつわる講話がありました。子供用讃美歌というのがあって、よく歌っていたのは「福音の汽車 The Gospel Train」調べたらYouTubeにも載っていますが、歌詞をほぼ憶えていました(ま、簡単ですけどね)。
〽ふくいんのきしゃにのってる、天国ゆきに(ポッポ)、つみの駅からでて、もうもどらない、きっぷはいらない、主の救いがある、それでただゆく(ポッポ)~♬
この“ポッポー”という掛け合いが曲目を愉快な感じにしてくれました。ま、2000年前のパレスチナに汽車があったというのではなく、イメージなんでしょうけどね、子ども受けを狙ったもの(ポッポー)。
その後なんで、教会に通わなくなったかというと、小学3年生の時に同じ日曜学校に通っていた上級生とケンカをして負けたから(笑)。子供らしいというか、太戸呂氏らしい理由でした。それに週末まで学校のような教会システムに入るより、西武や東武百貨店の屋上遊戯場で遊んでいたほうが楽しいとミーハー太戸呂少年はおもったのでした。
誰かが言っていましたけど、「信仰とは合理性ではなく、意味づけの力である」 とか。また、雑誌の記事か何かで読みましたが、日本のキリスト教信者は人口の1%にも満たない(0.85%、約105万人)が、エスタブリッシュメント、金持ち層が多いらしい。太戸呂氏はザンネンながらその仲間になる機会を逸してしまいました(笑)。
この新書を読み進めていて、思い出したのは世界史でならったピルグリム・ファザーズ。イングランドでの宗教的迫害を避けるために出発し、最終的に1620年にメイフラワー号で北米に渡ってプリマス植民地を建てた。そうそう思い出しました。アメリカはキリスト教徒の国から始まり、今でも成人の約6割がキリスト教徒という自覚をもっている…。日本の1%にも満たない比率とは比べようもない。あらためて、アメリカという国家、アメリカ人にとって、宗教の重要さ、キリスト教徒としての世界観にたっているんだと思わせる新書でした。
そしてことわざ風にいえば、「歴史は夜作られる」、「玉座の後ろに立つ者が真の力を握る」(Power behind the throne)。アメリカが内政、外交でとる方策には、建前の民主主義の大国という面とその裏面にキリスト教、福音派の影響によって行われているものもある、らしい。トランプ氏と福音派(特に白人福音派)の関係は概して良好で、強い支持基盤になっていること。司法や中絶、宗教的自由、対イスラエル姿勢などでトランプ政権の方針が福音派の優先課題と合致しており、二期目のトランプの大統領選出に大きな役割をしたことなどが本書で書かれています。もちろん政権に近づくのは宗教教団のみならず、私企業、軍需・石油業界団体など多くの利権関係者がいるはずです。
この本は昨年末に読了したのですが、バタバタとした年末年始で感想文を書く時間が取れずにいました。時間が経過した分思うところも増えて、太戸呂氏のPrima mea experientia religiosa.(私の初めての宗教体験)を書くことで、いかに一般的日本人(太戸呂氏)と右手に聖書、左手にガンを放そうとしない、アメリカとの違いに思いをいたしました。
昔むかし、太戸呂氏はジョン・アービングが好きで彼の長編小説『オウエンのために祈りを(A Prayer for Owen Meany)』を読んでいた時に、アメリカ東海岸が舞台であるストーリーにいくつかのキリスト教の会派がでてきて、よくわからない部分がありました。推測するに、その会派を信仰する人々により富裕層や庶民層かがわかるらしい。ま、日本の仏教も数えきれない宗派がありますけど、やはり現実社会、政治・経済への宗教の影響力・発言力は、アメリカのほうが遥かに大きいことがわかりました。アメリカの映画や小説を翻訳で読むにしてもやはり当地のキリスト教の受容文化を理解していないと作品を深くまで理解できないな、と思っています。
本書でも書かれていますが、福音派は「宗派」ではなく、複数の宗派にまたがる信仰スタイル・運動で、特徴は次の4つがよく挙げられます(ビビントンの四要素):
①聖書中心主義(聖書を最高権威とする)
②十字架中心主義(イエスの贖罪を強調)
③回心の強調(個人的な“救われた経験”)
④伝道の重視(信仰を広める使命感)
これらは宗派を横断して存在し、バプテスト、メソジスト、ペンテコステ派、非宗派教会などに多く見られるということですけど、この福音派がトランプ大統領の岩盤支持層と被るとのこと。
感想文を書き損ねている間に、1月にベネズエラ大統領を“逮捕”し、今回のイラン襲撃と軍事力を背景にした米国トランプ政権の強行外交(これを外交というのかしら)という出来事が発生しました。あまり日本の新聞には報道されませんが、トランプ政権の支持基盤(特に福音派)は強いイスラエル支持で、イラン攻撃を後押しした側面があるようです。
日本で一般的なキリスト教イメージは“隣人愛”とか“赦し”、それに“非暴力”といった“新約聖書的な倫理”が中心だと思います。ただ実際は、宣戦布告無しのイラン襲撃。 これを説明する一つの鍵、政治に影響力を持つキリスト教勢力として福音派(Evangelical)キリスト教ナショナリズムが大きな存在感を持っているというのが本書の内容でした。聖書を文字通りに解釈し、国家の使命や道徳的正義を強く重視する傾向がある福音派はアメリカ政治に大きな影響力を持ち、外交・安全保障政策にも影響を与えていると指摘しています。
まさに、時宜を得た読書の時間となってしまいました。

まえがき
序 章 起源としての原理主義
第1章 「福音派の年」という転換点――一九五〇年代から七〇年代
1 原理主義者と福音派のはざまで
2「福音派の年」とカーター大統領
3 終末に生きる選ばれし者たち
第2章 目覚めた人々とレーガンの保守革命――一九八〇年代
1 政治的な目覚め
2 モラル・マジョリティの誕生
3 レーガン政権と福音派のせめぎ合い――保守革命の裏で
第3章 キリスト教連合と郊外への影響――一九九〇年代
1 パット・ロバートソンの政治戦略
2 フォーカス・オン・ザ・ファミリーと伝統的家族観
3 クリントンの信仰と六〇年代の精神
4 ウォルマートとメガチャーチの止まらぬ拡大
第4章 福音派の指導者としてのブッシュ――二〇〇〇年代
1 ボーン・アゲイン大統領とネオコンの思惑
2 九・一一と小説のなかの終末論
3 信仰の公共性
4 スキャンダラスな福音派と右派の失速
第5章 オバマ・ケアvs.ティーパーティー――二〇一〇年代前半
1 初の黒人大統領と福音派左派
2 オバマ・ケアと中絶問題
3 ティーパーティー運動
4 アメリカ建国偽史
第6章 トランプとキリスト教ナショナリズム――二〇一〇年代後半〜
1 白人とイスラエルの味方として
2 保守化する司法と中絶・同性婚問題
3 キリスト教国家と非宗教者
終 章 アメリカ社会と福音派のゆくえ
あとがき
主要参考文献
略年表
主要人名索引
